浮雲 二葉亭四迷

あまりにも有名な二葉亭四迷の『浮雲』。これは日本で最初に言文一致で書かれたといわれている作品です。そのような意味合いにおいてだけでなく、重要作だとか記念碑作だとかの範疇を超えた、あらゆる枠組みを突き破る、今尚「古典」から逸脱した衝撃作だと、僕は声を高らかにしていいたいです。
この明治の最初の頃に描かれた二葉亭の画期的な小説は、主人公が文三というありきたりな名前の青年であること。写実的な描写を用いて日常の現実が舞台となっていること。何より、現代にも通じる「近代」という新たな意識がもたらしただろう、知識人的な〝自意識的苦悩〟というものが、そっくりその作品のモチーフになっているところなど、とにかくいくつもの点で素晴らしいものがあります。
なにより、そのような表面的な性格もさることながら、この僅か350枚足らず――四百字詰め原稿用紙――の作品に込められた〝過剰さ〟は、小説という小説の全てが注ぎ込まれた情報を持っていて、それは何ものにも収まっていないものです。

浮雲 (新潮文庫)

浮雲 (新潮文庫)

浮雲』のストーリー

主人公の文三は23歳の官僚勤めの公務員です。彼が仕事をクビになり、家路に着く場面から、作品ははじまります。
文三の父は早くに亡くなっており、静岡の田舎での年老いた母親と暮らしていました。しかし生活はなかなか厳しく、文三は父の弟にあたる東京の叔父のところに居候することになります。この家にいるのが、叔父にあたる園田孫兵衛、その妻であるお政、そしてその娘の18歳のお勢です。
文三はお勢に恋心を抱いていきます。まだ心の中で思っているだけのプラトニックなものですが、叔母のお政も、ゆくゆくはお勢を文三の嫁にしてもよいと考えているようで、お勢もその気がないような素振りでもありません。
しかし文三が仕事をクビになるやいなや、叔母の態度は一変します。普段から、余り世渡りの上手くはなかった文三を、上司のご機嫌もとれない頑固者だとして嘲るようになっていき、そこに登場するのが本田昇という男なのですが、昇は文三の同僚です、文三とは違って、世渡りが上手く、仕事をクビにならなかった奴です。それどころか給与が上がり、出世するまでになっている、そういう奴です。叔母は何かにつけて、文三と昇とを比較し、文三のていたらくを批評するようになっていきます。
やがてお勢もそれまでお調子者としか映っていなかった昇を、そんなに悪くない人物だと思うようになっていきます。昇もまたお勢に惚れているのであります。
三人の恋の縺れが展開します。ドジな文三は、お勢の気持ちを取り戻すことができません。自己を正当化しようとするほど、周囲の理解を得ることができず、自分の立場を悪くさせていくだけです。いや、なんとかならんか、文三! といった感じです。

現実の力を描いた『浮雲

さらに『浮雲』の内容を詳しく見ていきます。
浮雲』というこの作品はとにかく一読してわかるように、文三と昇の対比的人物造型がとても鮮やかです。それに刺激を与えていく叔母の人物造型が、さらに優れています。実際に、日常にある出来事を舞台に、このように話を展開しただけでも、この小説は画期的だと思えます。
プロットの運びとなるためのエピソードの秀逸な点がいくつかあります。お勢が、それまで何とも思っていなかった昇の気を引こうと素振りを見せはじめる場面で、その〝心の展開〟を、もう1人の恋敵、ここでは昇の上司の義理の妹ですが、その人物をだしてきて、嫉妬心を煽りたてるという企みが作品内で書かれているのは非常に巧みです。その三角関係を持って、お勢の気を昇に向わせる、このようなディテールの描写は、ひどく全体に波及した鋭い効果を持っています。
当事者ではない叔母の存在もそうです。ぐいぐいと文三を押しやっていくこの人物の配置は、なによりこの小説を奥深い性格のものにしています。
この小説の構造は、俗にいえば〝振りまわす女と、振りまわされる男〟という図式で捕えることができるものだと思いますが、この恋のもつれの三角関係の問題を、その後さらに追及したのは、もちろん漱石ですね。『浮雲』を読むと、漱石がいかに二葉亭から影響を受けているかがわかります。
文三の本当の苦悩とは、お勢の移り気な気心や、そのために自身が振りまわされていることにあるのじゃありません。その他人を振りまわしている当人のお勢がその振る舞いに全く〝無意識〟なところに、苦しみというものは起因しているわけです。『浮雲』が描いたものはいったいなんであるのか。

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文三は軽々と男の口車に乗るお勢を元の誠実な状態に引き戻そうと躍起になりますが、それが意味深な謎のまま宙吊りにされて、この小説は終わりを唐突に迎えます。ただ予感的に、それが決して上手くはいかないだろうということは読者には理解されうるものがあるように描かれています。
そもそもお勢は文三が心配しているように、昇のことを好きになったのではないわけです。それはこの中途で頓挫した作品の最後のところでもしっかり暗示されているように思えます。お勢の気持の中に働いたのは、ある種の現実的な「力」なのです。

 評価されなかった二葉亭四迷

二葉亭四迷は小説家より、翻訳家として当時は有名でした。ツルゲーネフなどのロシアの小説を日本に紹介した人で、そっちが専門だったんです。

当時坪内逍遥という人が書いた『小説神髄』という有名な本がありました。逍遥はそこで、小説というのはこれまでの戯作のような面白ければいいという形式ではなく、人間を見、客観的に写実しなければならない、ということを説きました。いってみれば、リアリズムで書け、ってことです。
いわゆる島崎藤村田山花袋から大きな潮流となっていく日本の小説のはじまりに位置する自然主義の小説はこの観点から出発していくことになるのですが、二葉亭も逍遥の影響をもちろん受けてはいましたが、少し違った解釈をしたようです。日本で初めて言文一致を成立させたといわれる小説は、リアリズム小説ではなかったのです。
二葉亭の小説は評価されませんでした。有名な著作のわりに、今も論じる人は多くありません。二葉亭自身、『浮雲』は失敗作だったといっていて、でも、というより、だからこそこの小説は重要なのです。

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浮雲』の内容をさらに見ていきます。
この作品内部において、文三は持っていないが、昇が強く持っているもの。それは漱石が執拗に追及した文学的問題である〝無意識の偽善〟というものであるのは疑いがありません。二葉亭がどういう意図でこういう題材を描いたのか僕には知る由がありませんが、昇という男は現実的な言葉でいえば、世渡りが上手い、という風に置きかえられる性質のものですが、そのようなものに置き換えられてしまうことが、そもそも文三という人物には苦痛なのだということが、この作品の最大のポイントだと思います。お勢が動かされ、文三が疎んでいるのは、こういう「力」のことです。それは「近代」という明治期の歴史の抑圧とも大いに関係があります。困難なのは、そこに罪がない、ということなのです。
さらに見ていきます。
たとえば、『浮雲』で、昇はいかにも悪人のように描かれています。僕も悪人のようにここでいってます。しかし、彼には悪意はありません。彼は立身出世だけを望んでいるただの凡人です。お勢が気を引かれながらも、決して昇を好きにならないといえるのは、やはり彼がそれだけのただの凡庸で狡猾な人間だからです。
お勢は、結果的には文三のほうにこそ恋心を抱いていきます。けれどもそれはお勢にも〝予感的〟に捕えられているだけで、文三にもそれを言葉にはできません。そこがもどかしく、せつないのがこの小説の最大のポイントであると思います。昇には欠如していて、文三には捕えられている事柄がある。それを敢えて言葉にするなら、この小説のテーマは〝愛〟といってしまってもいいかもしれません。

受け継がれている二葉亭の文学

作品の結末、文三が自分の気持ちをお勢に諭そうと心を決めたとき、彼は自分の心境が、幻想の領域に飛翔してしまったような不思議な感慨を覚えると描写されています。そもそもその〝無意識〟を、他人に言葉で伝える、ということが不可能なものです。
文三は呆れられながらも、園田家を離れてはいかないのですが、それはお勢と別れたくないからというのももちろんあるんですけれども、これはひとつのきっかけに過ぎません。本当の理由は文三をそこに押し留めている得体の知れない「力」のせいなのです。そしてその力のせいで、より鮮明となった自身の感情というもののせいです。それを当人のお勢に伝えたいと彼は思っているわけです。
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浮雲』は未完の作品です。ただ読者には、さっきいったように、結末が想像が着くものがあります。この後、文三は小説を書き始めるかもしれない、と僕なんかは思っています。語り得ぬものを心に宿しただけでは本当に伝えることの真実に到達するということは不可能で、それを言葉で置き換えようとして挫折したときに、初めて新しい形式が必要とされ、そのとき〝人の思い〟は初めて通じるものになります。
浮雲』がなぜ凄い小説なのか。こういうことが単に題材を超えて、作品の構造そのものとして書かれてしまっていることなんです。
二葉亭がどこまで意識して書いたのか、僕にはわかりませんが、そういうふうに読むことができるのです。それも最初の小説といわれるもので、それをやった。
ユーモアもペーソスも、モノローグもダイアローグも、語りも情景も、あらゆる表情を飲み尽くして、幻想の彼方へと飛翔していくこの奇妙な作品は、ひとつの形式に収まろうとすることを拒んでいます。それが〝小説〟だ、といわんばかりなのです。後の自然主義の小説群が、継承しなかったものとは、間違いなくこの〝過剰さ〟だといっていいと僕は思います。
漱石ともうひとり二葉亭の遺伝子を強く受け継いでいるんじゃないかと僕が思っているのは、戦後最大の作家といってもいい、第三の新人のひとりである小島信夫です。小島信夫漱石伝を書いていて、二葉亭伝は書いていませんが、漱石以上に二葉亭に強く影響を受けていると僕は思っています。伝達不可能なものを人間が抱えこんでしまったとき、それがひたすら「現実」の力に敗れつづけ、その場に蹂躙されながら、そして何にも着地できない、そこに多面的な表情をした〝狂気〟の領域が躍動する、そんな世界を描いたということが、とても似ていると思うんです。
浮雲』が画期的なのは、近代小説のはじまりにおいて、その後モチーフとなるだろう、近代小説のあらゆる素材が提出されていることです。

写実ではとらえられない『浮雲

さらにまだこの作品から読みとるべきものがあるので、書きます。
たとえば、この小説の画期的な箇所は、第1編の最初のシーンで、すでに現われています。
「第一回 アアラ怪しの人の挙動」と題打たれてある箇所ですが、会社から傾れてくる、多くの人間達を、ここで二葉亭は活写しているんですが、不思議なのは、その身形を描写するに〝髭〟をクローズアップして克明に描いていることです。二葉亭の筆は、疎外された立ち位置による視点によって、人物というものの異様さを如実に捕えています。このような描写は自然主義小説が唱えた「ありのまま」から最も遠いものだと僕は思います。

 千早振る神無月ももはや跡二日の余波となッた二十八日の午後三時ごろに、神田見附の内より、と渡る蟻、散る蜘蛛の子とうようよぞよぞよ沸出でて来るのは、いずれも顋を気にしたもうう方々。しかしつらつら見てとくと点検すると、これにも種々種類のあるもので、まず髭から書き立てれば、口髭、頬髯、顋の鬚、やけに興起したナポレオン髭に、狆の口めいたビスマルク髭、そのほか矮鶏髭、貉髭、ありやなしやの幻の髭、濃くも淡くもいろいろに生え分る。髭に続いて差いのあるのは服飾。白木屋仕込みの黒物ずくめには仏蘭西皮の靴の配偶はありうち、これを召す方様の鼻毛は延びて蜻蛉をも釣るべしという。これより降っては、背皺よると枕詞の付く「スコッチ」の背広にゴリゴリするほどの牛の毛皮靴、そこで踵にお飾を絶さぬ所から泥に尾を曳く亀甲ズボン、いずれも釣しんぼうの苦患を今に脱せぬ貌つき。デモ持主は得意なもので、髭あり服ありわれまたなにをかもとめんとすました顔色で、火をくれた木頭とそっくりかえッてお帰りあそばす、イヤおうらやましいことだ。その後より続いて出てお出でなさるはいずれも胡麻塩頭、弓と曲げても張の弱い腰に無残や空弁当をぶらさげてヨタヨタものでお帰りなさる。さては老朽してもさすがはまだ職に堪えるものか、しかし日本服でも勤められるお手軽なお身の上、さりとはまたお気の毒な。    (『浮雲』 二葉亭四迷)

この小説を、後の写実主義と呼ばれる多くの小説と読み比べたなら、その異質さが際立つと思います。文三の苦悩は確かに日常的で下らないものかもしれませんが、この作品の画期的さとは、その下らなさでも十分小説になるとしたところにあるわけじゃなく、その苦悩が、一向に「言葉」にならないことが重要なんです。なぜそれが言葉にならないのか。
それが日常の小さな問題であるからじゃなく、新たな時代によって生み落とされ、また、既にその時代によって押し潰されてしまった〝眼に見えない問題〟だからです。そしてそれこそが最も本質的な文学的課題なのです。

近代小説における『浮雲』の重要性

浮雲』が近代小説の先駆とされるのは、その「小説」という謎を二葉亭四迷という小説家が克明に映し出したという事実にこそあると思っています。ここに現れた、文三、昇、お勢、お政、などの人物は、明かに「近代意識」からもたらされた象徴的な人物たちです。それを二葉亭四迷という作家が描き切ることが可能だったのは、間違いなく彼がそこに馴染めない意識を持っていたためです。そのような作家の手によって小説というものがはじまったというのは、とても重要なことだと僕は思います。
この近代小説の最初とされる作品が、全く〝近代批判〟によって成立した作品であるということは、歴史そのものを見る視点として極めて重要なのです。この一作で近代小説ははじまって、そして終わってしまった。

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