蛇淫 中上健次

中上健次の代表作といえば『枯木灘』(1976)『千年の愉楽』(1982)をあげるのが一般的でしょうけれど、僕は違う作品をレビューしたいと思います。

実際『枯木灘』や『千年の愉楽』は確かに、日本近代文学史に残る偉大な傑作なのは疑いないですけれど、多少疵があっても、同じ力量のある作品なら、『鳳仙花』(1980)や『地の果て 至上の時』(1983)のほうが僕は個人的には好きです。中上作品一冊あげろといわれたら、『紀州 木の国・根の国物語』(1978)をあげます、これはルポルタージュですが。彼の文学世界は「日本近代文学史総体」を総括するとても多様なものを含んでおり、エッセイやら、代表作以外の作品でも、それらをひとつひとつ検証していかないと、「中上健次」という作家の全貌は見えてこないという思いがあります。たとえば短篇作品にも優れたものが多いのです。

彼が文壇に傑出した破壊力を持って登場した「十九歳の地図」(1973)は、電話で爆弾予告をする予備校生が主人公のストーリーでした。この荒々しいまでの「せつない暴力性」はこれまでの日本の小説には類例がなかったものでした。それから四年後くらいに発表されたものですけど、最初の長篇小説『枯木灘』を書いた頃の中上健次は、すでにもう成熟しきっていたというべきだと僕は思っています。まだ30歳の若さです。実は彼は粗暴なイメージとはまったく違って、かなり繊細な感受性を持ち、思考もひどく観念的であり、小説の方法も綿密に構成や人物像を組み立てる知的な作家だったと思っています。その時点で彼の明晰さはかなりとのところまであっというまに達し、この頃ある種、もう早くに老成してしまっていたんじゃないか、と思うほどです。

僕が注目するのは、その三十歳直前に彼が怒涛のごとく書きなぐっていた多くの短篇の諸作品です。ここには整然とした長編作品にはない〝混沌〟があります。彼は最初の長編『枯木灘』の執筆前に、たくさんの短篇諸作品を書いており――それは『中上健次全短篇小説』ですべてを読むことができますが――、彼の文学的偉業を検証するだけにとどまらず、実際に見逃すにはもったいない秀作もまた事実多いのです。最重要作品なのは『枯木灘』の前段階の出来事を書いた、三部作のひとつである、芥川賞受賞作品の「岬」(1975)でしょうけれど、もっと多岐に渡る短篇を彼は書いており、たとえば僕は「水の家」(1975)などは「岬」より優れていると思っています。
講談社文芸文庫に収められた『化粧』(1978)、そしてもうひとつこの『蛇淫』(1976)に収められている短篇群で、それらの〝混沌〟をとりあえず把握することが可能です。
ここに収められた作品は、芥川賞受賞の「岬」を書き、『枯木灘』を書く前途に中上が集中して執筆したもので、このとき或る決定的といっても良い「変貌」が、小説家中上健次の身に起こっていたのは確実です。

蛇淫 (講談社文芸文庫)

蛇淫 (講談社文芸文庫)

「蛇淫」について

表題作の「蛇淫」からいきます。これは女と怠惰に暮らす男が、ふとした瞬間に両親を殺害するというおぞましい内容の話です。長谷川和彦がこの作品を、後に水谷豊主演で『青春の殺人者』(1976)として映画化しますが、原作とはまったくべつものとなっているので、それはそれで鑑賞したほうがよいと僕は思います。
これは実話です。長谷川和彦の映画も、実際に事件が起こった場所をロケーションして、そこで撮影が行われています。中上は新聞記事に影響を受けて書いたとはっきり名言していますが、この作品が妙なのは実際に起こった事件をそうしてとりあげながら、なおリアルタイムで題材にしながら、さらにリアリズムである文章で書かれてありながら、全くそのような小説になっていないということです。
この素っ気無い文体で描かれた作品に横溢した暴力的な風貌は、『枯木灘』ともう既に酷似している空気が流れていますが、このような「中上節」の文体が生れ落ちた最初は、「火宅」(1975・『岬』文春文庫に収録)あたりかなと、僕は察知しますが、この小説は『枯木灘』はもちろん、「火宅」ともまた手法が異なっています。「火宅」がまだリアリズム小説の範囲内の作品であるとするなら、「蛇淫」はあくまで物語です。

 女は泣きもしなかった。平然としたものだった。蛇口につけた短く切った青いホースの先をつかみ、水を流しながら、粉石鹸をまき散らし、浴場のタイルをこすった。スカートをまくりあげ、かがみ、こするたびに女の髪は揺れる。鼻唄さえ出かねないようだった。粉石鹸のあぶくが衣服に着かないように彼は、すそをまくりあげた。毛脛が、獣じみてみえた。手をのばして、蛇口を満開にした。「あかんよ、もうちょっと緩くして」女は言った。「水がはねたら、また洗わなならん」
(「蛇淫」 中上健次)

これは「蛇淫」における出だしの両親を殺害したシーンですが、この殺伐とした描写はかなり鮮烈で、実際無軌道な暴力性に溢れ、凄惨的なわけですが、見つめるべき観点は別の箇所にあります。「母親は、女が入り込んだと言ったが、むしろ彼が、女を引っ張り込んだのだった。」と書かれているところが、重要です。両親を殺害したあと、ふたりは風呂で体を洗いセックスするわけですが、これは単に「風呂」や「性交」を意味しているのではたぶんありません。
タイトルの「蛇淫」とは、上田秋成の『雨月物語』(明和5年・1768年序、安永5年・1776年刊)のひとつ「蛇性の婬」から取られているのは明白ですが、秋成が描いた「蛇性の婬」では、女にたぶらかされた男が、その蛇である女の正体を知り、後に本性を表した女がこの世から葬り去られる運命にあるという筋立てですけれど、中上のこの作品では、女は死ぬことはないですし、というより主人公は女にたぶらかされていることを気づこうともせず、その胡散臭さに気づくのは、実は殺される側の彼の両親のほうであって、男は自らその幻惑的な〝怪奇〟へ進んで自分をなぞらえていく姿を見せるふうです。
両親を殺害するなどという恐るべきことをしたあとに彼女との性交渉を迫るのは、この小説にはほかになにかもっと違った意味合いがあるからじゃないのか、と推測に足る十分なものが匂ってくるのです。

 いまでこそそう思う。そんなに、灰皿で、いきなり殴りつけることでもなかった。一瞬、その時、体が燃え上る気がしたのだった。彼は、思った。女は、素裸だった。これが蛇化、と思った。これが淫乱か? 彼は女の顔を見た。確かに風呂場の中に放り込まれている二人からは、蛇にもみえるかもしれなかった。女を、「キャサリン」に引っ張ってきてから、いきなり、なにもかも変わった。いや、もともと変りはじめていたのだった。女は、彼の横に座る。粉石鹸のにおいがする。「順ちゃん、どうしよう」と言う。彼は黙っている。女は、彼の胸に体を被せるように、ベッドに横になる。母が不安がった。女のなにに、引き起こされて不安がったのか、よくわからない。この齢になって一体なにをしでかしたのだろう。いや、この齢だから、こんなことをやった。女は彼の裸の胸に腕をまわす。彼は、長い間、こんなことを計画してきたように思った。「つけ火して燃やしたろか」彼は言った。    (「蛇淫」  中上健次)

「蛇淫」は一見何を意図して描かれたものであるのか、実際よくわからないといってもよいです。読者はこの荒々しい筆致に浮かび上がる暴力的な情景に打ちのめされ、行き場のない青春の荒々しさを描いた無軌道な殺人を読んだように思うかもしれませんが、この作品を映画化した『青春の殺人者』はまさしくそのような作品として映像化させられているわけですが、中上の目論見はそのような点ではありません。そのような読み方を、この作品は少しも読者に強いていない。また、中上の思惑は、秋成が表現しようとした〝怪異〟の出現にあったのでもなかったことも、今述べてきたことからわかるように明白です。ではなにを意図してこの小説は書かれたか? というのであれば、その目的は、〝物語を書く〟という試みであったことは間違いないと僕は思います。

「荒くれ」、その他の作品について

さらにここに収められたほかの作品もとりあげて、もう少しこの「蛇淫」、さらにこれらの中上の二十代後半に書かれた短篇群の文学的意味について、深く考えてみたいと思います。

「蛇淫」が〝物語の側〟のひとつの達成を担った作品であったとするなら、〝私小説〟に肉薄し、もうひとつの段階に上り詰めた達成は、同じ頃の「岬」だっただろうと僕は中上健次については思っています。たとえばここに収められたほかの作品、「蛇淫」「荒くれ」「水の家」、そしてこの文庫未収録の「岬」は、ほとんど時を同じくして書かれ、「水の家」などには、「岬」以上に『枯木灘』の主題と方法論が出尽くされています。僕は先にいったように、個人的には「岬」より「水の家」のほうがよい作品だと思っていて、『枯木灘』を読む場合、三部作と称される『岬』や『地の果て 至上の時』以上に、これらの短篇諸作品も併せて読むと、『枯木灘』の重層性がさらに迫ってくることが、とにかく重要です。

「荒くれ」では、「岬」同様「あの男」という主人公の実父が登場してきます。中上の実父は『枯木灘』において、「被差別部落」という空間を支配した権化として描かれますが、そのテーマがこの時期の彼の作品で、だんだんと具体化されて明確となっていっていることに注意すべきです。主人公たちは、まるでその謎の実父の行動をなぞるかのように、暴力的な行為を「反復」します。明かにこれはその暴力自体に意味が注がれているのではなく、演技的な「反復」にこそ重要性があるわけです。貧乏、不倫など家庭の不幸から、自らの出生や故郷を鑑みる作品にまとわりついた、それらいかにも私小説的な文学的衣装は、血縁の問題を弄るために言葉が紡がれているように一見見えますけれども、中上の書いた私小説は、それらが題材であっても、「自分がしていることが以前自分の父親がしていたことの繰り返しではないのか」というその〝既視感〟によって覆われているところがまさしく主題です。
問題なのは、この既視感です。
両親を呆気なく殺害してしまう「蛇淫」の主人公。さらに妻子を置き去りにして、遊び回る「荒くれ」の主人公。そのどちらの人物たちも、「反復」の強迫からは逃れられることはできません。彼らはいわばそこに自ら被虐的に埋没することによって、人を殺め、女を犯し、子供を孕むわけです。そしてここに浮かび上がってくるのが「路地」と呼ばれる〝被差別部落〟の実体です。

「水の家」について

井口時男氏が、本書に収められた「蛇淫」「雲山」「荒神」は事件に題材を取った〝物語的作品〟であり、「荒くれ」「水の家」「路地」は、作者の実情を交えた〝私小説的作品〟である、とこの講談社文芸文庫の解説で述べています。
ここに収められた諸作品は、文体は極端に切り詰められ、形容詞の少ない言葉で、主人公の「彼」を取り巻く世界をフォークナー的暴力的筆致で描いていきますが、この後の長篇小説『枯木灘』を読んでいない読者が、ここに収められた6つの作品を通読するなら、これらは同じような題材を、同じ方法意識で描いた作品だと一見思ってしまうかもしれません。そして実はそのような「錯覚」にこそ、中上健次の画策が込められていたのは明白で、片方でリアリズムを題材にしながら物語を書き、片方で私小説的リアリズムを書き、〝反復〟しているのじゃないかという人物たちの既視感を描いたこれら諸作品は、それらの作品そのものの執拗な作者の反復においてなにかを見つめようとしているのです。

例えば、「水の家」は、複雑な血縁の関係性が描かれ、抱き締め合う人間たちの光景が、殺伐的に描かれたいかにも私小説的風貌ですが、「荒くれ」にはあった、主人公の苦悩に身を寄せていく作者の素振りは完全に消え失せています。あるのは家族における〝生きる苦しみ〟ではなく、それら虫のように蠢いている奇々怪々な人間達のおぞましい風貌を見つめる俯瞰的な作者の視線であり、主人公はそれら自分の身に起こっていることを、まるで他人事のように不思議な面持ちで眺めています。
中上はこの頃、明確な意志でもって、よくいわれるように、「私小説」と「物語」とのふたつの作品群を、少しづつ統合させながら、短篇の諸作品に書き継いだのは間違いないです。「水の家」のような作品に描かれたのは、既に題材は私小説であっても、その語り口は物語的なものに限りなく肉薄しています。「蛇淫」とは真逆です。読んでいると、物語のようにも読めるのです。このとき中上は一つの明瞭な意識に達していたことは疑いないです。
つまりリアリズムのままそれを別の角度において読みとる手法を中上はすでにこれら短篇の諸作品において明確に記しています。この直後に書かれる「岬」によってさらに具現化された後、それは巨大なモニュメントとして『枯木灘』に結合していきます。『枯木灘』において描かれた技法とは、まさしくここで培われた「反復」にほかならないものでしょう。

 中上健次文学における神話的な演劇的効果について

中上文学の真髄たる、その「反復」の意味合いについて考えてみます。

たとえば、「蛇淫」という作品をもう一度とらえ直してみます。この作品が画期的なのは、それがその物語の方法論が自覚的に自立した様式を持っているという点にこそあり、両親を殺害する無軌道な主人公の青年は、振る舞いはまるで自分が憎んでいた両親の態度とそっくりではないか、と述懐するに至る、このような〝つぶやき〟にこそ、読者は驚かずにはいられないはずで、〝物語群/紀州サーガ〟として豊饒に展開していく、後の中上健次の小説世界が既にここにははっきりと予告されているというか、もう書かれているわけで、『枯木灘』に現れる、父殺しの反復性と同じものです。殺人は明瞭に描かれていはいません。これも『枯木灘』と同じです。それは突発的な衝動において現れ、一切の過程や説明も排しており、明らかな意図の下に行われています。さらに先に書いたようにそれが単に「風呂」や「性交」の意味でないといった点についてですが、本書に収められた諸作品においては、「水」や「火」などの極めて原始的な道具立てがいかにも演劇的に使われているかには最大に注目すべき点です。「蛇淫」には、父と母を殺した場面で、主人公が覗き見るのは、自己の殺害の動機や不安よりも、その生々しく不気味に崩れ落ちた水に濡れたふたりの姿であり、「水の家」ではタイトル通り、〝水の家〟そのものが舞台となっています。というより、明確な意味でそれが主題なのです。
子供を孕み、自然の生成過程のように次々と命を育み、死んでいく〝路地〟の家族たちの光景は、水に溶かされ、火に炙られる原始性において、その存在の輪郭を不思議でおぼろげなものとして浮き上がらせていきます。
この複雑な血縁の家のことを、中上はこんな風に記すことで、「被差別部落」の実体に迫ろうとしたといってよいと思いす。彼が接近しようとしたのは、「神話」です。これは「水の家」で僕のいちばん好きな文章です。

 麦畑を鳴らして渡ってくる風に雨滴が混っている。一雨くれば、せいせいする。アイヤは思った。麦畑は風に波打った。アイヤは、房の家が、その麦の波に洗われている舟のように思えた。波に呑み込まれてしまいそうだった。危なっかしかった。   (「水の家」  中上健次)

主人公のアイヤは、自らの血縁の関係を、このような水の位相において、詩的に感知しています。これは主人公の感慨に留まりません。意味もなく放火を起こす男たちら、そもそもこの〝路地〟に現れる出来事すべてそのものが、なにやら現実では感知されない「物語の位相」において育まれたものなわけです。中上健次はそれを「反復」の方法意識を前面に押し出すことにおいて、「神話」の手触りをとらえようとしたのです。

 路地を描いた中上健次

この頃の生き急ぐように描かれた中上の短篇は、リアリズム批判という目論見の下にあった、と具体的にいうなら、実際そうみるべきでしょう。それは自分の出生である「被差別部落」という〝路地〟の根幹に迫る深層意識を、ありのままに描けば真実が描けるという従来の「自然主義小説」とは違った意志で描くという姿勢を示すことであり、虚構を描く方法にその筆を向けることで、別のステージへ「転換」させようとしたわけです。それは完全に伝承やフィクションとして、つまり「物語」に委託してしまう方法をとるものでもまたなかった。
これらの作品があくまで「事実」に即して描かれてあることは重要であり、リアリズムを物語へと昇華させることで、自然主義文学から、志賀直哉のような私小説のリアリズム作品が正当な日本の文学だという「日本近代小説」に対する批判意識を、自らがまた明確に宣言しています。

「水の家」や「路地」などの作品では、主人公だけがその〝路地〟に足を突っ込みながら、達観した態度をとっています。「被差別部落の」権化として登場する主人公の父、『枯木灘』に登場して名前を与えられる〝浜村龍造〟は、何度も繰り返すように、まさしく〝路地〟を作りそれを意味づけした象徴的人物ですが、作者はいわばその路地から浮き身した語り手の彼と、悪の権化の浜村龍造とに引きちぎられているというべきで、実際「路地三部作」の最終章『地の果て 至上の時』では、父である浜村龍造は、「おまえこそがおれなのだ」と、息子の秋幸に迫るわけです。それらの片鱗がこれらの『蛇淫』の諸作品にすでに散りばめられています。真髄に迫るように含まれています。「切って血の出る物語」と中上は生前、小説のことをいっていましたが、それはそういう意味です。小説に対する批判=メタ小説にも読めますけども、単なる方法意識ではなく、出生に迫るとは血を流すことです。本来「小説」や「物語」なども、それらは人間にとって血を流すのと引き換えに語り継がれ、作者によって書かれたものに疑いない、と僕は中上建次の小説を読むたびに、そんなことをいつも思います。
リアリズムと物語の両極をどちらかに描き分けるのではなく、同時に描き分けることこそが、このときの彼の文学的課題であって、中上はそのためにもたとえば「蛇淫」のような〝物語〟の作品を描かねばならず、「火宅」において登場する〝あの男〟を生み出さねばならず、執拗に似た作品を何作も何作も書かなければならなかったわけです。

最期の日本近代小説家

中上健次は46歳という若さで夭折しました。
「最期の近代小説作家」などといわれ、文壇においても高く評価もされましたが、それが正当なものであったのか、また彼自身幸運なものであったのかどうかも、僕個人は疑問に思っています。――たとえばですけど、彼は純文学の登竜門である芥川新人賞は受賞していますが、熟練した書き手の長編に授与される谷崎潤一郎賞は受賞していません。――
日本の近代小説を継承し、かつまた別の可能性へと昇華させた『枯木灘』『千年の愉楽』は、小説史に残る傑作なのは間違いないですが、どうもそれらは意図的に整理されすぎていると僕は思えてならない小説で、あまり好みじゃありません。僕は小説/アートとは壊れるべきものである――妙ないいかたですけど――と常々思っており、中上が多分に影響を受けたと思われるウィリアム・フォークナーの破綻されまくった、実験風に書かれた作品群に比較するなら、中上の代表作は観念的に整理されてほとんど優等生のごとくです。

今回レビューした『蛇淫』は、それら大作と比べると極めて小品なわけですけど、実に考え深い作品群なのは間違いないのであって、中上健次を短篇小説の名手という人はあまりいないでしょうけれど、少なくとも彼の文学的存在性は長編だけでは成立していなかったのは間違いないと僕は思うんです。さらに文学の本質が破綻にあるのだとしたら、これら短篇諸作品においてこそそれは現れており、『枯木灘』で文壇で名を轟かすことになる中上健次の革新性は、これら二十代後半の短篇諸作品にすでに現れていた、ということを、とにかく僕はここで書きたかったわけです。重要なのは、「物語」という構造を、単なる人物やストーリーの叙述にとどまらず、独自の小説的方法論として「混沌」を目指して表現しようとしたということであって、『枯木灘』や『千年の愉楽』はそれらの苦闘や実験からの「結果的遺産」とさえいってよいと思いますし、たとえば自然主義のリアリズムを基盤とする「日本近代小説史」もまた、それらの背景に無数にうごめく〝混沌〟の「結果」(収束)でしかない、ということを、中上健次の諸作品を読んでいくと、僕は強く感じてくるものがあるわけです。

これらの短篇作品には主人公の実父はまだ〝あの男〟としてしか登場しません。「浜村龍造」という名前をつけられた「路地の権化」として登場する父のことを、亡くなる直前中上健次はもう一度書きたいと病室でいったそうですが、もしそれが可能であったなら、どんな小説になっていたか。
何より僕たちはこれらの彼が後世に残した作品を読んで、その「反復」という意味合いそのものに驚かなければならないわけです。『枯木灘』を知った後に、以前のこれら目立たないひっそりと息づくような彼の暴力に渦巻き混沌化した初期作品を、まさしく既視感を覚えるように、僕もまた発見したのです。

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