ハンス・ベルメール 少女マネキンの球体と接合

先日、レオス・カラックスの記事で、「存在の切断はない、それは絶えず連鎖する」というテーマで、私的な経験を交えながら話を書いたのだけれど、続編。今回はハンス・ベルメール。なお今回は、ちょっと論文調で、硬質目。

mannequinboy.hatenablog.com

ハンス・ベルメール(1902-1975)は1930年代に活躍した、ドイツ出身(現在はポーランド領)の芸術家。作家であり、画家、グラフィックデザイナーでもあったんだけど、正確にいえば、写真家だ。といっても人物や風景を撮ったのではなく、もっぱら彼が被写体に選んだのは、ほぼ等身大のマネキン人形。それもかなりグロテスクなもの。

それらは一度解体され、再び接合されているのだ。

なので、見るからに、タナトス(死)のイメージを強烈に喚起するんだけれど、色彩を施された写真もあり、つまり息を吹き返させられていて、それは少女をモチーフとしているとはっきりわかることからも、「エロス」と「タナトス」が混在した芸術、といったところが正しい。そこにベルメールのリアリティー=生が潜む。

ベルメールが活躍した時代は、シュルレアリスムが流行し、ナチス台頭の時期と重なっているため、実際に彼もそれらの芸術運動に加担したひとりだったわけで、よってその系譜と批判の範疇で彼の芸術は一般的に解釈される場合が多いんだけれど、当ブログは「おれが好き勝手に語りまくるブログ」なので笑、論文調といったって、ありていのベルメール論など、ぼくがここに書くつもりなどあるわけがない笑

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ぼくがベルメールの写真を最初に観たのは、高校生のときだった。美術大学に通っていた先輩が近所にいた。夏休みで、田舎に帰省していたのだ。「おい、面白い写真見せてやる」といって見せてくれたものがあった。それがハンス・ベルメールの写真集だった。ロバート・メイプルソープ(1946-1989)やエリオット・アーウィット(1928-)ら、或いはベルナール・フォコン(1950-)――ぼくのいちばん好きな写真家、彼もマネキンを撮っている――の写真は知っていたけれど、今まで観たことのない写真だとまず思った。だって、少女のバラバラにされたマネキンだもの。連想したのは、精神障碍者や肉体障碍者を被写体に写真撮影をしたダイアン・アーバス(1923-1971)だったんだけれども、ぼくにとってはベルメールはその作風から写真家というよりはまず彫刻家だ、というイメージだった。

先にベルメールは1930年代に活躍した、といった。けれども、彼の作品を評価する芸術家や評論家も当時確かにいたけれども、実際彼の芸術が正当に評価されていたかは疑わしい。それは今だって、ひょっとしたら変わらないかもしれない。

そもそも、当時ベルメールに限らず、デュシャンだろうが、シャガールだろうが、クレーだろうが、ほとんどの画家は「反体制」として、ヒトラー率いるナチスからは攻撃の対象となり、不道徳な芸術とみなされた。ヒトラーは多くの美術品を没収して、彼らの自由な画家としての仕事をやめさせ、ときには逮捕さえした。これはヒトラーが政治家になる前、実は画家を志していたという経歴がとても大きいと、ぼくは個人的に思っている。事実彼は二度ウィーン美術大学の入学試験に臨み、失敗している。同時期に入学を果たして、以降活躍した学生に、エゴン・シーレ(1890-1918)がいた。

ベルメールが日本に紹介されるようになったのは、さらに遅くて、1960年代頃。今なお彼の作品は一般に認知されているとも思えない。たまに写真展で観れるけど、純粋な写真家ともいえないため、美術史においてもスルーされる傾向が多い気がする。

さらにぼくがベルメールを知るきっかけになった経緯が、もうひとつある。アニメーション作家である押井守が、ベルメールのファンだ、とTVで発言し、実際に展示されてある美術館に観に行く様子を、TVでやっていて、それを観たのだ。それまで写真でしか観たことがなかった作品を、このとき映像で観たことは、ぼくにとってけっこう大きかったといえる。今はYouTubeで探せば、ちらほらあります。

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ベルメールは多くのマネキン人形を一度解体した。そして接合して、それをファインダーに収めた。

特徴的なこととして間違いなくあるのは、その接合の間接部分に「大きな球体」を用いているところにある。これはフォルムにこだわったアーティストの美意識、さらに身体性による「自由」の獲得を意図したものだ、といったらそれまでだけれども、この可憐な少女のマネキンと、不恰好に大きすぎる球体との混合の「奇怪さ」は、観客の視線に潜在的欲望を喚起させ、そこに呼び覚まされるのは、そのグロテスクに満ちた「暴力」にほかならない。

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ベルメールの写真は、視線、を強烈に喚起させる芸術であり、さらに原始的で潜在的なものを惹起させる力を持つ。

元来美術ほど限定されたアートは、ほかにない。たとえば舞踏や演劇など、五感を通し、LIVE体験させるものとは、対極に位置する。

「観る」ことのみに徹底された行為は、鑑賞者にとって、眼差し、以外頼る感覚はほかになく、これは「視覚の芸術」といわれる映画より、さらに視線を占める割合が大きいものであり、ぼくがどんなアートより美術を最高峰に置くのは、なによりこの「限定性」にこそ理由がある。

ぼくの考えでいうと、ベルメールの少女解体の写真がもたらす暴力性は、まさしくこの限定された「視線」を挑発し、人間意識を根底から再考させるものなのだ。そして、最初にいった、連鎖、に関する問題が大きく絡む。それは必ず現実的肉体的な表面性として顕在化する、ということにほかならない。彼はそのことを誰よりも強く知っていた、とぼくには思えてならないのだ。

画家、彫刻家、とりわけ写真家は、この「可視化」に果敢に挑む。

たとえば芸術作品がなぜ高額な金額で人々のあいだでやりとりされ、歴史的に残るのか、といえば、貴族の嗜みものだった歴史と関係し、さらにそれが投資のひとつになっているから、だけでは済まされない問題が間違いなく潜むからであって、それは消費されないからだ。アート作品の投資は、まさしく資本主義そのものだ。絶えず「現実的価値」から逃れる力を秘めている。

ピカソの子供の落書きのような絵が何億ドルもするのはおかしい、と誰かが発言するとき、その言葉が嘲笑せざるを得なくなるのは、実際にその絵がそれだけに値するなどと誰も思っていないことにある。それがどれほどの価値あるものであるかはどうでもいい。それが「現実的価値」を超えた“存在”としてあることが重要なのであり、詳しくいえば、「現在性」として常に留まろうとする経済の錯覚的価値意識を粉砕すると同時に、芸術とはその流動性である資本主義の本質性を暴露するためのマテリアルな存在証明にほかならない。

そういう意味合いでいえば、現実内に存在しながら、その外へと躍動するアートは、本来可視化できないものを顕在化しながら、その存在性を発揮する唯一と呼べる現実的パワーであり、あらゆる暴力から逃れ、また対抗するにも、このイマジネーションという武器を、ぼくらは捨て去るわけにはいかないのである。

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急に今日的話題になるんだけれども。

文部科学省は国立大学に、人文系の学問をなくす検討をする、という方向性を打ちだした。これに違和感を持つのは、なにも人文系の人間たちだけじゃないのは自明だ。もともと化学など人文化系から派生したものだ。昔は文系も科学系も境界線はなかった。もちろん彼らがそれを忘れてしまったとも思えない。わかるのは、彼らが「現在性の価値」に固執し、「連鎖」を断ち切ろうとしている、ということだ。つまり「過去」を忘却しようとする志向には、「未来」はない。

さらに、話は脱線するようだけれども、「小説なんて役に立たないものなんで読んでいるの?」と聞く人が、いる。

「実際に役に立たないものこそ、実はいずれ役に立つ」とか、「役に立たなくてもいい、好きだから読んでいる、すべては娯楽なのだ」とか、「本当は役に立つのだ」とか、いろいろ言う人がいると思うんだけれども、ぼくはすべてに異論がある。ぼくとしては、小説を含めアートは、それらの意のすべてを含み、かつそれらの外に位置する存在だからこそ、意味、がある。

ハンス・ベルメールの写真を見てぼくが思うのは、そういうことだ。彼の少女マネキンは資本主義そのものであり、かつそれを根底から揺るがして挑発する。「ナチス」への反体制的芸術だ、などの紋切型から解放して見つめられるべき普遍的アートなのだ。

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