海外文学のススメ ぼくが選ぶ20作 現代篇

 唐突の企画ですが、ぼくがお勧めする現代海外小説の紹介です。自分もブログ書いておいてよくいうわ、と思われるの覚悟ですけど、はっきりいってネットなんかやっていても面白くないし、テレビも面白くないし、ラジオも面白くない。ぼくは哲学、心理学、民俗学、経済学、歴史、となんでも読みますけど、純粋に「読み物」としてとらえたら、海外文学を読書すること、がいちばんおもしろいと思います。高校生、大学生くらいだと、文芸好きでも、国内の現代小説を読んでしまうかもしれませんが、いくらか消費したら、さっさと海外小説=ガイブンにいきましょう。日本の近代小説も読まなくていいです。じゃあ、なにを読んだらいいのか、といったら、もちろんドストエフスキーカフカプルーストフローベールを読むべきだと思いますが、古臭いのはとっつきにくい、感情移入しにくい、という珍事にもなりかねないので、現代の現役の海外作家のものから遡っていって、世界地図を辿り、歴史を紐解くようにして、作家や作品に触れていくことをお勧めします。ぼくもそうやって本を読んでいきました。ささやかな手引書になったら、嬉しいです。

アウステルリッツ

アウステルリッツ

 

  まず初めに、W・G・ゼーバルト。正式名は、ヴィンフリート・ゲオルク・マクシミリアン・ゼーバルト。ドイツの作家。実は彼は2001年にもう交通事故により他界しています。ゼーバルト・コレクションが白水社から出版されているんですけれども、彼はとても寡作で、正式な長編小説はこの『アウステルリッツ』一作しかない。さらに、しかし、これが小説なのか? と問われれば、写真が挿入され、建築歴史家アウステルリッツがヨーロッパ各地の建築物を見て回り、それを語るという筋立てのこのめくるめく記憶の旅は、エッセーとも紀行文とも区別がつかない。ここに汲み取られるものは、まさにヨーロッパに眠り、生き続ける深淵そのもの。こんな作家が現代にいたのか、と絶対に驚嘆する一作。

贖罪〈上〉 (新潮文庫)

贖罪〈上〉 (新潮文庫)

 

  イアン・マキューアンはイギリスの作家です。新潮クレストでけっこう翻訳されてますが、いちばん読まれてるのはこの作品でしょう。ちょっと長いんですけど、はっきりいって彼の小説は作品によって良し悪しのばらつきがある気がします。これはいわゆる大河小説で、戦争に恋愛が絡んでくる物語です。時間と出来事が四つに分かれて描かれますが、混乱することはありませんし、決して読みにくい小説じゃありません。人を愛するということはどういうことか? 戦争という翻弄される逃れがたき歴史の中に、次第次第に人々のその生々しさが痛切な吐息となって、読者の耳に届いてきます。

恥辱 (ハヤカワepi文庫)

恥辱 (ハヤカワepi文庫)

 

  2003年のノーベル文学賞を受賞した南アフリカを代表するクッツェーの代表作、といえば、まあ、これでしょうね。主人公は50代の大学教授。性的な処理はこれまで上手くやってきたつもりだったが、あるとき教え子のひとりから告発され、大学の職を奪われたあと……というストーリー。読みやすいし、なにより短い笑。単なる落ちぶれていく熟年エリート男性の退廃を描いたものじゃなく、ここには文学的問題のみならず、南アフリカという特異な国家を舞台に、人間の政治と歴史が鋭利に抉られている。

  ウエルベックだと、ぼくはこの作品がいちばん好き。フランスの作家。なぜウエルベックがこれほど多くの支持者を集めるか、というと、彼が書いていることは、現代、または未来におけるヨーロッパの退廃にほかならないからです。アメリカも、日本を含めアジアの国々も、どの先進国も西洋を手本にして経済的文化的発展を遂げた世界史がありますけれど、その崩壊がはじまったのが、1970年代頃です。もうひとつはウエルベックがそれを性的な文学的暗喩で醸し出す手法をとることにあります。それがいかにもフランス人らしい度を越えたものなんです。もしもフランスがイスラム民族に占領されたら、という内容を持った『服従』など、とにかく彼の作品は出版されるごとに世界中でセンセーショナルを巻き起こしています。これはSF作。代表作の『素粒子』から入るのはあまりお勧めしません。『闘争領域の拡大』から順を追って読んでいくと、すごい納得できるはず。

雪〔新訳版〕 (上) (ハヤカワepi文庫)

雪〔新訳版〕 (上) (ハヤカワepi文庫)

 

  現代における最も正統派の作家といっていい、2006年にノーベル文学賞を受賞したトルコの作家オルハン・パムクの代表作。最初に読むなら、これがいいと思います。以前、受賞した際の単行本より、早川epi文庫になって、訳がずっと読み易くなっています。ヨーロッパでもなく、アジアでもない、その境界に立って、ミステリー手法を駆使してアイデンティティーを探求するのがパムクの骨頂ですが、この作品は詩人がある事件、その少女連続殺人事件を追っていくという筋立てで、雪の幽閉感が効果的に舞台装置として使われており、読後の余韻が素晴らしい。パムク唯一の政治小説ですね。カフカ好きには、おお、と思うかもしれません。

低地 (Shinchosha CREST BOOKS)

低地 (Shinchosha CREST BOOKS)

 

  ジュンパ・ラヒリはインド系アメリカ人の作家です。処女作の『停電の夜に』が話題になったので、知っている方もいるかと思います。ぼくもそのときにすぐに買って読みました。けれども、その実力はそんなものじゃ到底なかった。彼女の作品には、アメリカという新しい国に順応していく移民の戸惑いが、どの作品にも通底してあります。そこから洞察される人間たちのそれぞれの葛藤と苦悩。これは愛の物語です。個人的には、この『低地』がいちばんいいんじゃないかな、という印象。日本にもファンは多いです。

白の闇 新装版

白の闇 新装版

 

  1998年ノーベル文学賞受賞作。サラマーゴはポルトガルの作家です。伊勢谷友介さんが出演されて映画化されましたから、映画で見た、という方もいるかもしれません。突然視界が真っ白になる気病に彼がかかるんですが、だんだんとそれが感染して人々にうつっていく。隔離された彼らは、その収容所の中で、人間の本性を剥き出しにしていく。ぼくは旧版の装丁ヴァージョンを持っていますが、訳者の変更はありません。よくあるような設定じゃない? と思われる方もいるか、と思いますが、これは一味違った現代の寓話です。

悪童日記 (ハヤカワepi文庫)

悪童日記 (ハヤカワepi文庫)

 

 日本でも人気のある世界的に有名な現代の海外文学作品のひとつは、この『悪童日記』でしょう。出版年は1986年ですね。真っ向から実存主義をとらえた小説といえて、戦時下で疎開したおばあちゃんのいる小さな町で、双子の「ぼくら」は生きていくための試練を潜り抜けていく。それはただの感動秘話ではなく、残酷な現実を真っ直ぐに見据えた本当の話。この作品を読む際には、お願いがあります。これは三部作になっており、併せて『ふたりの証拠』、『第三の嘘』も読んで欲しいということです。そうしないと、この作品の衝撃度を受け損ねる可能性があります。クリストフはハンガリー人ですが、フランス語で小説を書いています。

ムーン・パレス (新潮文庫)

ムーン・パレス (新潮文庫)

 

 ポール・オースターは軽くてつまらない、という人もいるみたいですが、実際ぼくもいわゆる初期の三部作ってやつを読んで、ロジックがいかにも単純だったので、もう読まないと思ったんですが、現在でも衰えずに矜持を保ちつづけている、90年代以降を代表する重要なアメリカの作家のひとりだと思います。彼はユダヤ人なんですね。この作品で、自分らしい『デイヴィット・コパフィールド』を書こう、と思ったと彼はいっていますけど、月を象徴化させ、不在の父をめぐるこの青年の冒険譚は、アメリカの歴史そのものです。柴田さんの訳もよいですし、これがオースターでいちばん好きだ、という方も多いです。ぼくもこの作品がいちばん好きです。

ホテル・ニューハンプシャー〈上〉 (新潮文庫)

ホテル・ニューハンプシャー〈上〉 (新潮文庫)

 

  80年代以降のアメリカを代表する作家といえば、ジョン・アーヴィングトマス・ピンチョンのふたりじゃないかな、と思っています。アーヴィングの小説はどれも長いんですが、とにかく飽きさせません。ページを捲る指が止まりません。アーヴィングはそれまで封印されていた「物語性」を復活させました。これはジュリアン・シュナーベルらの「新表現主義」の絵画運動と連動した、当時のアート全般の動きですね。音楽もそうです。物語が復活してきたんです。未だに現役で、優れた作品を書きつづけている姿勢には脱帽です。最初に読むならこの作品がいいんじゃないかな、と。ぼくは『ガープの世界』から入ったんですけど、『ホテル・ニューハンプシャー』で、アーヴィングはガツンときましたね。

  あとは、イギリスだと、有名でしょうけど、『わたしを離さないで』のカズオ・イシグロ、アメリカだと、先述した『重力の虹』のトマス・ピンチョン、『燃えるスカートの少女』のエイミー・ベンダー、『舞踏会へ向かう三人の農夫』のリチャード・パワーズ、ラテン・アメリカだと、『文学懐疑』のセサル・アイラ、ロシアだと、『ペンギンの憂鬱』のアンドレイ・クルコフ、インドでは『ある放浪者の半生』のV.Sナイポールが印象に残っています。トニ・モリスンとケルテース・イムレについては、当ブログでレビューしているので、興味があれば是非。あと、世界的ベストセラーになった、ケイン・ウィンスレット主演で『愛を読む人』というタイトルで映画化されたドイツの作家、ベルンハルト・シュリンクの『朗読者』とか、バカにして読んでない、という人もいるかもですけど、とても優れた小説ですよ。これで20冊かな。もっと、あるんだけど。その辺りはまた今度。とにかく読んでなかったら、絶対損です!

 一冊読むから選んでくれ、といわれたら、ポール・オースターの『ムーン・パレス』をお勧めします。