ビクトル・エリセの『エル・スール』を観る

ビクトル・エリセ

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十年に一作しか撮らないビクトル・エリセの二作目にあたる劇場長編映画

1973年に『ミツバチのささやき』で商業映画デビューした、スペインの映画監督であるビクトル・エリセ(Víctor Erice Aras, 1940年6月30日 –)の二作目にあたる作品が、今回紹介する『エル・スール』です。

エリセはそれ以前にオムニバス映画の一作として「挑戦」(1969)という短編作品を撮っています。『エル・スール』は1983年に公開され、三作目となる『マルメロの陽光』(1992)は、それからほぼ十年後です。なので、十年に一本しか撮らない、というエリセにつけられた「呼称」は、大げさではなく真実です。

なぜそれほど寡作なのか?

それは端的にいえて、映画を撮る資金がないからです。ビクトル・エリセの映画の素晴らしさを知っている人なら、誰もが首を傾げると思うでしょうが、エリセに出資しようとする人が、いないのです。エリセは過去のインタビューでいっています。

「芸術が経済に合わせるんじゃない、経済が芸術に合わせるべきなんだ」

『マルメロの陽光』はスペインの画家であるアントニオ・ロペス・ガルシア(Antonio López García、1936年1月6日-)がカンバスと格闘する日々を刻々とキャメラに収めたドキュメンタリー作品でした。『エル・スール』も決して派手な作品ではありません。繊細で、静かで、スペイン北部の片田舎を舞台にした小さなお話です。しかし、それは舞台となっている時代設定から、数十年も前のスペインの歴史を揺るがす戦争と繋がっています。

『ミツバチのささやき』と『エル・スール』はフィクションです。さらにこの二作品には大きな共通点があります。まず、この点から、エリセ映画の特徴を解釈していくことができます。

※ アントニオ・ロペス・ガルシア 2013年に自身も来日し、日本で初めて個展が開催されました。傑出した画家です。

『ミツバチのささやき』と『エル・スール』における少女たちの眼差し

第一作目の『ミツバチのささやき』も二作目の『エル・スール』も少女が主人公です。『ミツバチのささやき』では5歳のアナという少女が、『エル・スール』では、8歳から16歳になる、エストーレリャという少女が、主役です。

また両者とも家族の物語であり、スペインの北部の田舎町を舞台にした土着性と濃い繋がりがあります。重要なのは、この2つの物語が、1940年代から1950年代にかけてのスペインの内戦を舞台にした過去の話であるということです。

『エル・スール』の場合は、その話は過去を引きずった傷痕を、さらに抉って描いています。少女はその今なお消えずに残っている「内戦」の傷痕を、家族の亀裂から、自らの胸の痛みとともに伺い知っていくのです。

『エル・スール』に込められたテーマ

『ミツバチのささやき』では、脱走した兵隊と『フランケンシュタイン』(ジェミーズ・ホエール監督・1931)の映画を観た主人公のアナが、現実と虚構との境界を彷徨い、実際に夜の深い森の中で、フランケンシュタインと出会う、というファンタジックな物語でした。

『エル・スール』においては、リアリズムの要素が多分を占めています。『ミツバチのささやき』が現実とその他の区別がまだつかない幼年期にいる五歳の少女を主人公にして、幻想のリアリティーを醸し出したところを意図したとするなら、徹底的にリアリズムに立脚した『エル・スール』では、内面の叙情性が際立っているところが、映画の特色でしょう。叙情とは、決して取り戻すことができないゆえ悲しみが引き立つ感情です。

『エル・スール』は、エストレーリャが、謎めいた父の心の奥深くを覗きこもうとしながら、昔、スペインの南でなにが起こったのか、を父の行動や、祖母たちとの会話の中で、少しずつ理解していきます。父の悲しみは、同時に、スペインという国に残り続ける悲しみです。その恐ろしさは、人生の残酷さに違いありませんが、エストレーリャをひとりの人格者に育てあげていきます。

『エル・スール』の物語

エストレーリャは父と母がなぜ険悪なのか、父がときどき家を空けるのはなぜか、よくわかりません。お祝いの場に出席せずに、山で猟銃を放つその姿は、小さな頃から、エストレーリャにはとても謎に満ちていました。やがてエストレーリャは父の秘密を知ります。昔南部で出会った恋人らしき面影が父にあることを知るのです。これは恐ろしい家庭崩壊の出来事ですが、しかし、ここには同時に共感もあるのです。それはなぜでしょうか? 映画の後半部にいくにしたがって、父の背負った悲しみとは、決して癒えぬものであり、少女の心境が、怖れから、愛しさに変化していきます。この映画が愛に満ちているのは、ここにポイントがあります。

『エル・スール』から放たれる光と影

『エル・スール』に描かれてあるのは、家族を通して、少しずつエストレーリャの心の内に切り開かれていく、南北戦争における未だ癒えぬ傷痕であり、それは少女の成長の軌跡と並走するように、膨れあがっていきます。

この映画は、最後は悲惨な結末が訪れます。しかし、物語は決して絶望へと観る者を誘いません。エストレーリャには最初からすべてはわかっているのです。それはこの映画が、最後の場面が最初の場面に戻っていくような円環を描いている構造がそうであるように、すべての問題は決着のつくものなどはないからです。それを抱擁し、自身が南へ向かおうと強くエストレーリャが決意するところで、この映画は終わっています。

映画史におけるビクトル・エリセ『エル・スール』の立ち位置

ビクトル・エリセは非常に寡作な監督だと、最初にいいました。『マルメロの陽光』のあとは、『10ミニッツ・オールダー』(2002)という15人の監督たちによるオムニバス映画に、「ライフライン」という20分弱の短篇作品を発表し、後に『3.11A Sens of Home Films』(2011)というやはりオムニバス映画に短篇作品を発表しています。その後、『ポルトガル、ここに誕生す ~ギラマンス歴史地区』(2012)という、やはりオムニバス映画に参加したのみです。これが彼の監督した全作品であり、すべてのフィルモグラフィーです。

ちなみに、「ライフライン」は『ミツバチのささやき』『エル・スール』に匹敵するほどの傑作中の傑作なので、未見の人は是非ごらんください。『3.11A Sens of Home Films』は、日本の映画監督河瀬直美(1969.5.30-)氏による呼びかけで製作された映画で、タイトルを見ればわかるように、東日本大震災を題材にしたものです。すべての作品が3分11秒で物語られており、トータル上映時間もわずか75分にすぎません。

1983年のカンヌ国際映画祭に『エル・スール』は出品されました。深夜の遅い時間に上映されたこともあってか、ほとんど喝采を浴びなかったそうです。『エル・スール』は前作の『ミツバチのささやき』の続編ともいえます。エリセ渾身の作だった、といっていいでしょう。しかし、これは当たらなかったし、誰も評価をしませんでした。なので、日本でも、上映されたのは少し遅れてからでしたし、当時の映画雑誌のほとんどもとりあげていなかったですし、評論家からも黙殺でした。

もし、これが評価されていたら……エリセの映画人生は違っていたかもしれません。この作品で、エリセが己の映画製作に、また、取り扱っていたスペインの内戦というテーマに決着をつけた、とは到底思えません。彼はもっと撮りたかったはずです。

繰り返しますが、『エル・スール』はまったく評価されていません。現在形でいうのは、未だにそうだからです。しかし、断言しますが、これまで生涯で数千本の映画をぼくは観ていますが、この作品に出会った衝撃を超える映画に、未だに遭遇したことはありません。人生経験という意味でも、この経験はまさに人生に何度かしか起こり得るはずのない奇跡でした。この映画が、ぼくの人生を変えたんです。

日本にも、世界にも、少なからず『エル・スール』のファンはいます。それも「いい、映画だったね」で消費される映画ではなく、観た者の記憶に生涯爪痕を残すような映画としてです。

ビクトル・エリセの『エル・スール』の秘話

エリセの劇場長編映画は三作ですが、このことについても言及しておかなければなりません。彼が長編映画を三作撮った、というのは正確ではありません。『ミツバチのささやき』においても『エル・スール』においても、上映時間が1時間30分です。そういう意味でも、彼は定期的に2時間以上の劇場映画を撮るプロフェッショナルな映画監督とは呼べません。

『エル・スール』には裏話があります。前半の1時間30分を撮ったあと、すでに後半の1時間分の脚本と、いくらかのショットはすでに撮ってありました。『エル・スール』はぜんぶで2時間30分の映画になる予定だったのです。しかし、前半部分のみで上映せざるを得ませんでした。

ウィキペディアには、プロデューサーのエリアス・ケレヘタ(Elías Querejeta Gárate, 1934.10.27-2013.10.27)が、後半の上映をカットしたからだ、と簡略化して記されてありますが、当時のエリセのインタビューを読むと、理由は資金調達が難航したためだ、とエリセ自身がいっています。

これはあくまで個人的な感想ですが、このときエリセの中で、劇場映画として、自身のキャリアを積み上げていくということに、戸惑いを覚えたのじゃないかな、と思っています。

出典:wikipedia/ビクトル・エリセ

ヌーヴェル・ヴァーグ以降の映画監督たち

エリセが登場してきた頃に、面白いように、いわゆるフランスやドイツなどではない、映画大国ではないヨーロッパの国々から、オリジナリティーを持つ監督がそれぞれの映画を撮り始めていきます。

たとえば、ギリシャのテオ・アンゲロプロス(Theodoros Angelopoulos、1935年4月27日 – 2012年1月24日)や、スイスのダミエル・シュミット(Daniel Schmid, 1941年12月26日 – 2006年8月5日)らです。当時スイスには撮影所すらなかった、といわれていますが、彼らには共通した姿勢がありました。

1960年代にジャン・リュック=ゴダール(Jean-Luc Godard, 1930年12月3日 – )らが起こした映画史における革命的運動であるヌーヴェル・ヴァーグがありました。ヌーヴェル・ヴァーグとはアンチ・ハリウッド声明であり、世界一の映画産業大国であるアメリカ映画史なるものに対するカウンターでした。それはいみじくも映画の死を意図するものでもあって、それに果敢に挑んで映画製作をしつづけ、その先頭に立ったのが、紛れもないゴダールという人でした。

ゴダール以降の、いわば辺境の情報も技術も乏しい国から出現して映画を撮り始めた、エリセやアンゲロプロスらの作家たちは、いわば遅れてきた映画監督たちであり、彼らの目論見に映画史の遅延があったのは紛れもないと思います。実際にその映画を観てみればわかると思いますが、彼らの映画には、映画の父であるジョン・フォード(John Ford、1894年2月1日 – 1973年8月31日)をはじめとする様々な「映画の引用」がなされています。エリセは日本の溝口健二監督(1898年5月16日 – 1956年8月24日)に多大な影響を受けています。

エリセの映画を観るときも、映画が重要なモチーフとなって出てきます。映画は単なる小道具としてではなく、その主要なテーマを左右する重要なものとして登場してきます。『ミツバチのささやき』が『フランケンシュタイン』を重要なファクトとして用いたように、『エル・スール』においても、映画のシーンが登場します。

引用という方法論はゴダール以降、頻繁に用いられた作家主義における映画的手法なのですが、これは単なる影響云々の技法的な話ではなく、ゴダールがそうであったように、映画とはなにか? という根源的な問いかけとともに映画を撮る、というヌーヴェル・ヴァーグ以降の映画監督たちに共通する姿勢が潜んでいます。

エリセもまた、映画とはなにか? と映画内で映画を問うています。『エル・スール』における死にゆく父を「映画の死」と結びつけて、考察することは可能です。『エル・スール』とは実際にそのような意図のもとに撮られた映画です。そういう視点から見ると、この映画が「父と娘の関係性」という小さな物語に固執しているように見えながら、壮大な歴史に視線を向けて作られたものであるということがわかると思います。

作品内における映像美

『エル・スール』における映像美についても、触れておきたいです。この作品は映画だけではなく、音楽も重要です。この映画のモチーフである記憶を呼び覚ますものとして、実に効果的に使われているのです。

ダンスシーンの音楽は、クライマックス近くの父とエストーレリャのランチのシーンで再登場します。この記憶は、父との記憶であると同時に、観客をもまた映画史の記憶へと遡行させます。全シーンロケ撮影ですが、映像美は前作の『ミツバチのささやき』を遥かに凌いでいます。時間を省略する手法として、エリセが得意とするオーヴァーラップが効果的に使われているのも、目を見張るものです。

決定的に魅力を持つのは、ファーストシーンでしょう。ぼくはこの映画を観たときに、とにかく衝撃だったのは、この場面でした。真っ暗な画面が少しずつ窓からの陽射しと共に明るくなっていくのですが、普通ならこんなファーストシーンは用いません。ハリウッドなら、シナリオの時点で即ボツでしょう。観客がそこで退屈してしまうからです。

このような観客を敢えて突き放すような作法は、エリセは多くこの映画に取り入れています。エストーレリャは8歳と、16歳くらいの少女が主人公なのですが、ふたりの人物が演じています。次の画面に飛ぶと、いきなり8歳の少女は、16歳になっているわけです。これも観客を戸惑わせます。

さらに、決定的なのは、最初でも述べた作品の円環的構造で、ファーストシーンは、ラストシーンと連結していく構造になっています。一日のはじまり=映画のはじまりが「死」を惹起するものだと知ったとき、観客はこの映画が自分たちになにも答えを提出するものではないことを知ります。この物語は決して終わらない映画です。

監督がひとりよがりだからこのような手法をとったのでしょうか? 理由は、このように物語らなければ、映画の本質に辿り着けなかったからです。

ビクトル・エリセの『エル・スール』がわたしたちに問いかけるもの

果たしてこの作品になにが描かれているのか、それを想像するのは、観客ひとりひとりの自由だと思います。ただ、このあまりに繊細に磨きこまれた光と音の映画によって、世界が一変した人間は、世界でぼくひとりだけではないと思います。ここには「世界」を見つめる人間の原型的な眼差しが満ちており、人と人が互いの理解を深め、その内奥までも交換することが可能なのは、どういうことなのか、という人間の本質的なことが描かれています。

人生は幕が下りた後も、終わりなどありません。死は終わりを示さない。事実、この『エル・スール』という作品は未完です。ビクトル・エリセは己の人生も未完にしたのです。少女はこれからも成長しつづけていかなければなりません。戦争の痕跡もまた決して癒えることはありません。ぼくらもまた消えぬ傷を持ったまま、これからもこの残酷な未来を生きつづけていかなければならないのです。

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