西村賢太『どうで死ぬ身の一踊り』

ぼくが敬愛する現代小説家の書き手のひとりです。西村賢太さんの『小銭をかぞえる』(2008)の読んだ後味の悪さは、ぼくの苦手な映画監督ギャスパー・ノエの作品の鑑賞後のそれと似ていたりして、もう無理と思ったりしましたが、作家として敬服せざる得ない才能の持ち主であるのは明らかであり、結局ぼくは彼の作品をエッセイも含めぜんぶ読んでいます。これほどの吸引力のある現代の作家は珍しいです。

とりわけ最初に上梓された二作品は、現代文学においてどうしても見逃してはならない作だと思います。それを中心にレビューします。

ちなみに、女性の方は、西村賢太作品は要注意です。嫌いな作風だと思われますので、西村文学には触らぬが吉かもしれません。ぼくは父が暴力をふるう人であったので、DVする人物が出てくる作品はすべてNGなのですが……西村さんの作品には、もろにそれが描かれます。

多くの人が西村賢太というその名前を知ったのは、あの奇抜な芥川賞受賞会見「風俗行こうかな、と思ってたら、受賞の連絡が来て…」だと思います笑。それで書店で受賞作の収録された『苦役列車』(2011)を求めたんじゃないかな、と思います。ちなみに受賞作の「苦役列車」は、西村さんと思しき人物を主人公とした、彼の19歳の頃のことを、労働と友情を材料に、西村さんらしい手腕で手際よく描いてみせた傑作の青春小説です。作品の持つ端整な佇まいが、ある意味西村作品としては異色であり、まことに小説らしい小説であって、ここから西村賢太さんの世界に参入していくのは好ましいと思います。

西村賢太という作家は、新人賞で文壇にデビューした人ではなく、昨今では珍しく、同人誌経由で作家になった人なんです。過去に、その手のひとは歴史上四人しかいないそうです。あと、この点がなにより大事なところなのですが、彼はもともと藤澤清造という大正時代のあまり有名じゃない作家の全集を出そうと務めていた編集責任者であったということで、そして彼は私小説作家である、というところがなにより大事です。私小説とは自らの身辺雑記を描くジャンルです。

私小説とはなにか、を論じていると、レビューは長くなってしまうので細かくいいませんが、私小説、と一言にいっても、実は「ありのまま」を描いてある小説は、ほとんどありません。実際にあったことを土台にしながらも、作家はそれぞれに独自の工夫をしているもので、たとえ、それが「ありのまま」を描いたものであったとしても、それが小説である時点で、それは「フィクション」になるのは自明です。

ここに私小説というものの逆転劇と独自性が表れるわけです。

言葉を記す、ということは、「心」を裏切ることです。人は言葉を真実だと思っていますので、たとえば約束をして、それを反故にされた場合、人はそれを「裏切った」という「言葉」で表現します。ちょっと抽象的ないいかたですが、これが小説の基本です。

人がなぜ「フィクション」を必要とするのか。そのことを日本の近代文学者で最も考え抜いたのは、夏目漱石をはじめるとする明治時代の多くの文豪ですが、これらのことを頭の片隅に入れて、私小説作家である西村賢太という作家の作品に接すると、印象は少し違ったものになるんじゃないか、とぼくは思います。

小説の真髄とは、――車谷長吉がいっていたように――「虚。」が「実。」を犯す、ことであり、私小説はそのフィクションと事実との関係性の転倒を利用して書かれたひとつの意図的なジャンルなのです。

西村賢太文学の出発点

暗渠の宿 (新潮文庫)

暗渠の宿 (新潮文庫)

西村賢太さんは、芥川賞受賞後はTVにもよく出演されていました。「父親が性犯罪者で実刑を受けた」「中卒」「日雇い労働で生計をたててきた」「友達がいない」「借金しまくり」「風俗大好き」「酒乱の暴力魔」「自身犯罪歴あり」「女性に働かせてヒモだった」ダメダメダメの連発。いかに自分はダメ人間か、ということを自身でも耳にタコができるほど語っていて、実際彼の作品を読むと、まんまその同じことが主人公の叙述の中に繰り返し出てきますから、読者もそうなんだー、と思わざるを得ませんけれど、作者をそのようにみたてて読者も感情移入して読んでしまうのはもっともでしょう。実際そのような経歴ですし、そのような過去を持っていたようです。

今回レビューするのは、処女小説集に収録されたタイトル作の「どうで死ぬ身の一踊り」(2005)と、二作目の小説集『暗渠の宿』に収録された「けがれなき酒のへど」(2004)です。

先の作品は初芥川賞候補となっており、後の作品は彼の文壇的デビューとなった作品で、有望な新人に送られる野間文芸新人賞を授与されています。

ぼくは芥川賞を受賞する前から、西村さんの名前は知っていて、読んでいました。ただ破滅型の私小説作家だと聞いていたので、偏見が若干働いていました。実際に読んでみたときは、同人誌にいかにもありそうな作品だ、と思ったのが、実は最初の率直な感想です。彼は「煉瓦」という同人誌に参加しており、そこから転載された「けがれなき酒のへど」によって文壇デビューを果たしています。彼の才能を見抜いた編集者はあなどれない相当な眼力だと思います。ぼくには彼の凄さが最初よくわからなかったわけです。

よく西村作品というと、開口一番、まるで昔の小説を読んでいるような云々、という感想を聞きますけれど、たとえば西村さん自身がエッセイで「田中英光の文学に若いときに触れて、それがあまりに下手くそで難しい言葉も使っていないものだったので、純文学ってこういうものでいいんだ、と思って、自分も今恥ずかしくもなく下手な小説を書いている」といっています。西村文学の小説に使われている言葉をよく見て欲しいと思うのですが、「主人公」が使う言葉は漢和辞典を使わないと理解できないような旧仮名遣い、難語だったりします。しかし、「その他の人物」はまったく平易な文章で描かれており、構成も単純で、ユーモアに満ち、読み易いです。

※ 田中英光(たなかひでみつ 1913-1949) 太宰治の弟子。元ボートのオリンピック選手で、1932年のロサンゼルス大会に出場している。後に作家となった。代表作は『オリンポスの果実』(1940)。太宰の墓の前で、手首を切り、自殺。

これは作者の意図です。編集者はここを見て、おやっ、と思ったんだと、邪推します。ぼくは二作目を読んだとき、やっと彼の小説の神髄に気づきました。たとえば昔の文豪のように、古い言葉を使っていかにもな私小説的作品をなぞるような小説を描く――たぶん自分も「文学」になっているような気分に浸るのでしょう――人が同人誌界隈に多いんでしょうが、彼らと西村賢太という比類なき作家のあいだには似て非なるものが横たわっています。

「どうで死ぬ身の一踊り」

「どうで死ぬ身の一踊り」はタイトル作の第一小説集に収められた、西村賢太さんの作品です。先にもいいましたように、初の芥川賞候補となりました。ぼくはこの作品で西村賢太は芥川を受賞すべきだった、と今でも思っています。でも、多くの作家同様、芥川賞というのはなかなか出来のよい作品に賞が与えられることは難しく、せっかくの文学のお披露目を、その手の社交辞令的な順番性によって、台無しにしてしまっている、といつも思いますが、それにしても選考委員もほとんどこの作品に対して当時スルーだったのは、今でも怒りを覚えます。ゆえに、思いきり上から目線でいってしまいますが、この作品が理解できない人は、文学の目が節穴だと断言します。

「どうで死ぬ身の一踊り」は、大正時代の藤澤清造という石川県七尾出身の作家を神格化する主人公が、そのお墓参りをしに通うと同時に、いっしょに暮らしはじめた女性に対して、酒を飲んで暴行を働いてしまうという話です。

主人公の藤澤清造に対する憧憬は生半可なものではありません。彼は借金をしてまで藤澤の全集を出そうと躍起になっており、墓を訪ねるのですが、命日に墓参りするのではなしに、その「日付」にこだわって、年に一度ではなく、毎月墓参りをしていて、貧乏暮しであるにも関わらず五万円の出費をして毎月東京から北陸へ向かいます。

繰り返しますが、この作品のストーリーは、簡単にいうと、ひとりの作家に入れこんだ文学青年が、共に暮らす女に手をあげる、という自堕落な生活を描いた、ただそれだけの小説といえばそうなのですが、読んでいくと、いろいろ考えさせられるものがあるのです。たとえば重要な場面があります。

「いや、無論、お寺がそんな風に考えてるわけではないことは充分承知しています。でも一方で、今おっしゃったような考えには、その、清造忌を広く知らしめたいと云う考えには、ぼくは根本的には反対ですね。『清造忌をやってます』、と云うその意識が根本的に嫌いなんです。なぜなら、その意識の実体は思い上がりだからです。鏡花や犀星と比べて清造さんは知られていない、と言われましたけど、それも根本的に間違ってますね。知ってる人は知ってるし、それはぼくが見本みたようなものですけど、何より知らない人は清造さんも鏡花も犀星も全く知らないですよ。小説なんかに興味のない人には、どんな作家の名前だって何の意味も持たないもんです。だから犀星みたいに有名じゃないから、我々の手によって広く知らしめよう、なぞ云うのは、やはりぼくに言わせれば無意味なことだし、それを意義あるもののようにするのは、まるで行政レベルの、どこぞの教育委員会並みの意識ですよ。その作家に興味を持つ人は、黙ってたって勝手に興味を持ちますって」なぞ、まくし立てると、副住職の顔から怒気が去り、こちらの狙い通り、ちょっと煙にまかれたような顔付きになった。

これは藤澤の木製の墓標を探す場面の主人公の発言部分なのですが、墓標は寺のどこにあるのかわからない、と副住職はいい、本堂の下にいわば放置されたと同様の段ボールを開いてみると、そこに藤澤のそれがあるわけです。結局それは主人公の手に渡ることになりますが、「どうで死ぬ身の一踊り」では、彼は先述したように月命日に法要をするのですが、なかなか法要客が集まらなくて、しかし、主人公は、もっと人が集まらなければならない、という副住職に対してそういうんです。さらに主人公はこうもいいます。

「もちろん、ぼくだって来る人は拒まず、ですよ。こうした言い草は、それこそ思い上がりじみてますけどね。ただ実際、万が一にもこれが妙なイベントじみた様相を呈してくるようなことがあったら、ぼくは時間をずらしてひとりだけでお参りさせてもらうし、『清造忌』もまた東京でひとりだけでやりますね。とは云え、この場にいもしない存在のことをとやかく言ってても仕方ないです。要は人の数なぞ問題じゃないこと、この『清造忌』はいろんな面でどこまでもシンプルなものでありたいと云うことです。興味のある人に声をかけるのは当然ですし、ぼくも案内状を出すようにもなって、あっちこっちで宣伝めいたこともしてますけど、そうでない人に知られざる作家を知ってもらいたいなぞ思うのは、僭越至極な沙汰ですよ」

こういうところに西村文学に胚胎する重要な文学性が現れていると、ぼくは思います。

西村賢太の文学の神髄

「どうで死ぬ身のひと踊り」の主人公は神格している藤澤清造をまったく無名の作家だといいきっています。どころか、そもそも多くの者が知っている室生犀星泉鏡花も無名だ、といっています。相手をしている副住職は最初首を傾げますが、やがて主人公の意見を飲みこんでいきます。これはどういうことか?

ぼくは石川県出身なので、いってしまいますが、たとえば金沢においては、たとえば「犀星号」「秋声号」「鏡花号」という、観光客用の三つに名前をつけ分けられた観光レトロバスが、かつては市内を循環していて、故郷では彼らは金沢の三大文豪と呼ばれてはっきりいって有名人なのです。三人とも文学館が建っています。

ほかにも、石川県は前田藩の歴史性から、加賀友禅九谷焼や、輪島塗など、どの土地でも文化が盛んで、石川県人にとってみて、文化、は江戸時代から続いた歴史ある誇りに満ちた拠り所なのです。実際石川県が文化の街であることを、知らない人は少なくないでしょう。それは石川県人の思いあがりではありません。しかし、西村賢太にしてみたら、千円札になった夏目漱石にしたところで、彼は同じように無名だというでしょう。

この「どうせ死ぬ身で一踊り」の主人公にはわかっているんです。いったいなにがわかっているのか? 彼は古い文学に自己投影してしがみついているだけの作家もどきではありません。彼は私小説作家であり、文学者であり、そこから「現代」と「社会」に戦いを挑んでいるわけです。彼は文学などもうとっくに終わっているし、いや、そんなものは最初からなかったことを把握しています。さらに次の作品、順番的にはこの前にあたるのですが、「けがれなき酒のへど」をレビューして、ここに潜まれる西村文学の本質に迫ります。

「けがれなき酒のへど」

これは彼の二冊目の作品集に収録された、彼の実質文壇デビュー作なのですが、この作品がとても優れています。

女に飢えた主人公が、恋した風俗の女の子に金を騙され獲られて、やけ酒を飲んで、最後車から降りてゲロを吐く、という、要約してしまえば、なんじゃ、こりゃあ……というただそれだけのやはりダメダメ人間の話ですが、この作品には注視するべき箇所が多々あるんです。たとえば、それはタイトルの「けがれなき酒のへど」という言葉です。けがれなき、とはどういうことか?

小説の主人公は藤澤清造の全集を自費で刊行するため悪戦苦闘し、彼の墓前の横に自分の墓をも立ててしまいます。彼の墓標を60万円も捻出してガラスケースにしまって、自らの狭い部屋を、藤澤記念館ならぬ、藤澤墓前のようにしたてあげています。

彼は女に溺れ、酒に溺れ、同棲する女性の親に三百万円も借金をしながら、その彼女に暴力を働いています。自堕落な生活を送っている人間で、彼女に養ってもらっており、もう最低の人間なのですが、彼がただのダメ人間である、とはいえないポイントがひとつだけあるんです。それは彼が藤澤清造という作家を尊敬し、彼に身を捧げて生きている、ということです。

話が変りますが。たとえば、ぼくは西村賢太の小説を読むと、彼が影響を受けた大正時代の私小説作家たちもむろん、性格が全く異なるであるだろう、ゲーテヘルマン・ヘッセトーマス・マンらのドイツの教養文学らも想起します。西村の描く作品の人物は藤澤という芸術家に魂を入れ込み、身を捧げて、彼がそうであったように、自らも極貧の末に野垂れ死にする気でいますが、本当にそれほどの覚悟があるのかは、それが小説というフィクションに書かれてある限り曖昧です。ただひとつだけいえることがあります。仮にそれが本気のものであったとしても、「生活」がそれを許さないということです。そして、西村賢太という人はそれを知っている、ということです。これは重要なことです。小説にそのことが書かれてあります。

 昨夜、すっかり吐いたおかげでもあるまいが、何か体内の毒素という毒素が抜けたように頭が軽く体調も良く、加えてこのところ意識的にも抑えていた雄心の方も、久しぶりに勃々と臨界点を目指しているようである。思えばあの女との一件以来、全く女体にふれていない。車内販売の女の子が通っただけで、その尻に不埒な思いを抱く有様だったから、帰り着いたらまた本を叩き売ってでも、どうでも済ませてこないことにはいられぬあさましい状態であった。それはもう、恋をしたいわけでも恋人を欲しいわけでもなかった。

この芸術か、生活か、の二者択一の葛藤は、とりわけ近代に入ってからの文学の最重要のテーマでありつづけ、今も変わらない問題です。芸術の最大課題といっていいでしょう。

ぼくは西村賢太という作家が書いているものとは、無頼でも、ダメ人間の話でもなく、本来はこのことだったんじゃないか、と思ってやみません。少なくとも最初の二作品目まではそれが出発点なんです。西村賢太という人がどちらを優先しているか、前者であるのは間違いありません。藤澤清造にそれほど入れ込んでいるという繰り返される叙述があるからそう思うのか、といえば違って、彼が女や酒に溺れてしまい、些細なことで暴力をふるったりする、その叙述にこそそれは湧き上がるのです。それが彼の小説を、告白すれば事足りる、と錯覚する凡百の私小説作家たちとは一線を画している最大のポイントであり、西村賢太という現代に私小説を蘇生させた傑出した小説家の骨頂です。

西村賢太文学の特異性

さらにいえば、ヘッセもドストエフスキーも、有名な坂口安吾の「堕落論」でも同じことが書かれてありますが、人間は人間であるからこそ堕落します。人間であろうとするからこそ起こる堕落と、単に堕落していること、とはまったく異なるものです。

西村賢太の作品に登場するその主人公の堕落ぶりは、仏教を信じながら、酒を愛し女を愛した、たとえば武田泰淳なんかの思想と、実は非常に似通っており、泰淳は以前は真面目な仏教徒でしたが、後に変わりました。彼をそういうふうに変えたのは戦争です。泰淳は一兵卒として戦争に連れていかれて、その極限状況において惨い生身の人間たちの本当の姿を見たのです。

西村賢太私小説を読むに、ほかにいくつかの独特なポイントがあげられるので、書いていきます。

芥川賞の選考のときに、「なぜ彼がそれほど藤澤清造なる作家にそれほどいれこんでいるのかわからないから作品のリアリティーが成り立っていない」的なことをおっしゃられた選者がいました。真っ向から、反論します。私小説がなにか、を知っているものならばこんな発言はしないに決まってます。そしてこれは私小説に限らないと思います。

これが先にぼくが書いた事柄に通じる意味合いです。フィクションは理由を描いてないからこそリアリティーがあるといえるのです。そんなものは動機が発覚して幕を閉じる三文推理小説に任せておけばよいのです。人が人を愛するのと似ています。そこに理由なんてないんです。生きることに理由なんてありません。

その理由を「意味」づけるのではなく、そのどうしようもなく「意味」づけられないリアリティーを描くものこそが小説です。実はこの点について、作者自身が作品の中でにおいて述べている部分があるのです。『廃疾かかえて』(2011 単行本では『廃疾旅行』)の中の「膿汁の流れ」という短編の中です。

 その貫多は、もし仮に、何故その私小説家のみ尊しであるのかと云う質問を、誰かから気まぐれに投げつけられたとしても、彼には、「知るか」と答えるより他はない。所詮、個々の人生観や価値観の相違、小説観の違いなぞ説明のしようがないし、無理に説明すれば、結句嘘も交じる。こうした言い草は随分と陳腐なものだが、その質問自体が恐ろしく陳腐で無意味なのだから、仕方がない。第一、当事者が本気で行い、身銭を切り、人生を棒に振るつるもりでやっているのならば、たとえそんな理由なぞ皆自分からなくとも、自身では一向にかまわぬことである。

さらにもうひとつだけ書きます。技量は作品を紡ぐにつれ、彼の文学は洗練されていきますが、彼の初期の小説の構成は、たいてい「藤澤清造 についての件」と「酒や暴力や女の件」の二重構造として描かれています。これが非常に劇的な効果をもたらしています。落語家の立川談志が、「落語は逃げちゃった奴が主人公だ」といっていますが、これは「周囲の理不尽な状況に陥った主人公が孤軍奮闘する近代小説的価値観」とは性格を相反しているのは自明です。

西村文学にも寄席を見に行く場面が顔を覗かせますが、彼は間違いなく、宇野浩二牧野信一織田作之助、その方面の「語り―話芸」の文学をも継承している作家です。西洋化に伴って抑圧された「物語/伝承」が歪な形で発展を遂げた近代小説の歴史において、日本文学にはその「語り芸」が密かに息づいています。町田康もそうです。そして西村賢太の文学もまたその系譜に連なるものといってよいでしょう。(町田康も西村賢太文学の虜らしく、全作品を読んでいる、とあとがきを書いています。)

西村賢太の小説はどの作品も、似たようなことが描かれており、ストーリーだけ見ると陳腐極まりないものですが、「けがれなき酒のへど」における風俗嬢に騙された男の話なんて、いまどき二時間もののサスペンスドラマの脚本にもならないような話ですけれども、それが面白いのは、今述べてきたことのように、単に題材のみで読ませる小説ではないからです。この方は相当な作為者といってよいです。

ここで女に金を毟りとられ、身を引き裂かれ、惨めに酒を吐く主人公は、その二重構造の「引き裂かれている」という、その物語られた話の中に、生、を見ています。それこそ文学だといっていいでしょう。彼が嘔吐するぐちゃぐちゃの醜く匂いたつへどにけがれがないのは、そのためなんです。

私小説作家、西村賢太

個人的には、彼がまだ文壇デビューする前の、同人誌に発表した「墓前にて」(『どうで死ぬ身の一踊り』に収録されています。)という作品が、ぼく は西村作品ではいちばん好きで、この作品の文章力、完成度はすこぶる高く、ぼくはこの一作において、タイトルが暗示するように、実は西村賢太という 作家はすべてを書いてしまった、と思っています。この作品は、彼は小説として書いたのではなく、藤澤清造全集編集責任者としての編集後記エッセイとして書き記したものが、結果このような形となって、小説風になり、同人誌に掲載され、文庫本にまで収録されたのですが、それを知って、やっぱり、そうか、とぼくは唸らされました。

『どうで死ぬ身の一踊 り』の文庫本の解説を担当されている評論家の坪内祐三氏は、「彼は小説家になりたくて小説を書いたのではなく、藤澤清造の全集を作りたくて文章を書いたこ とは重要なことである」と書いています。ぼくも同じ意見です。

西村賢太 という作家にとって優先すべきは生活ではなく、文学なのです。彼はプロ作家などは目指してはいなかった。この腐りきった人間の振りをした奴隷動物がもっとも欲しがる紐にぶら下がった人参という名の 欲ではなく、そうではないものが彼にとっては大事なものなのです。それが彼の初期の頃の作品には赤裸々に描かれてあると思います。ゆえに、彼は引き裂かれる のです。人間であり、なにより作家であるからこそ、彼は酒を飲まなければならず、女を求めなければならず、悪態をつかなければならず、けがれなきへどを吐くのです。

西村賢太の素顔

ぼくは以前とあるラジオ番組で、司会を務めるタレントの大竹まこと さんの番組にゲストとして西村賢太さんが招かれた会話を、偶然耳にしたことがありました。そのとき西村さんはひどくやりこめられていました。すごく紳士的というか、大人しい方です。「君はぜんぶ父親のせ いにして、人生を逃げ ている」といって大竹さんが非難していたんです。西村さんは「おっしゃるとおりです」と低姿勢で頷いていらっしゃいました。もちろん人は個人的に許せる許 せない感情というものが、対人関係にはあると思います。ぼくも、実際に作品に書かれたとおり、西村賢太さんという方が、いかに環境的に悲惨な境遇を背負ってい たとしても、女性に暴力をふるう 人であるならば、彼という人間は好きになれません。

実際の西村賢太さんという人がどういう人間であるのか、実はぼくにはまったく興味がありません。ぼくが興味があるのは、私小説家としての西村賢太であり、なによりその紡がれる作品にあります。

彼の作品を読んでいる最中、ぼくはときどきこのエピソードを思いだします。

芸人で映画監督でもあるビートたけし氏が、漫才で売れたときに、ポルシェを買いました。そのとき「おれはこんなもののために芸をはじめたわけじゃねー」と、せっかく手に入れた新車のポルシェを足で蹴り上げたそうです。西村賢太さんとどこか通じるものがありますね。たけしさんもまた引き裂かれた才人であることを物語るものです。ちなみに西村賢太さんは、ビートたけしさんではなく、同じディスクジョッキーをされていた高田文夫さんのほうを私淑していらっしゃいます。

西村賢太作品の個々の解説

二度はゆけぬ町の地図 (角川文庫)

二度はゆけぬ町の地図 (角川文庫)

第三作品集。個人的にはこの作品集が、ぼくは最も好きです。西村さんの10代を描いた青春小説集です。暴行事件を起こして警察に捕まってしまう「春は青いバスに乗って」は傑作です。「腋臭風呂」も最高です笑

小銭をかぞえる (文春文庫)

小銭をかぞえる (文春文庫)

第四作品集。10年恋人のいなかった主人公がようやく恋人を得て同棲生活を送る、いわゆる「秋恵もの」二篇。西村文学はこの頃が最も洗練の粋に達しており、作品の完成度は異常に高い。同時にそこに胚胎する小説の反社会性、主人公の悪徳性も最高潮に達しており、読者に吐き気を催させます。ぼくはこの作品集が苦手です。

廃疾かかえて (新潮文庫)

廃疾かかえて (新潮文庫)

第五作品集。秋恵もの。全作と比べると、若干作品の印象が弱いですが、やはり面白いです。

人もいない春 (角川文庫)

人もいない春 (角川文庫)

第六作品集。タイトル通り、『二度はゆけぬ町の地図』の続編ともいうべき、西村さんの青春時代を回顧した作品集と、プラス秋恵もの。

苦役列車 (新潮文庫)

苦役列車 (新潮文庫)

第七作品集。ここに収められた表題作によって、西村さんは念願の芥川賞を受賞されました。その「苦役列車」はまことに小説らしい完成度の高い傑作です。

(やまいだれ)の歌

(やまいだれ)の歌

主人公貫多の初長編小説。造園業の仕事に就いた彼は、同じ職場の彼女に恋をします。果たしてそれはどうなることやら。傑作中の傑作。

蠕動で渉れ、汚泥の川を

蠕動で渉れ、汚泥の川を

第二長編小説。西村さんを投影した主人公、やはり北町貫多の青春時代を描いた長編小説です。これまでの陰鬱さとは違ったものが、主人公の造形、文章の随所に表れており、西村文学の新境地が見られます。

西村賢太が敬愛する私小説作家5選

現代において本当の文学を読みたい方は、西村賢太さんの小説を、ぼくはお勧めします。現代において近代小説は可能か? という問題への解答をここまで具体的に明示している作家は、ぼくはほかに知りません。

たいていそれを蘇生させるとき、多くの人は昔の小説をなぞらえようと奮闘しますが、西村文学は自らの存在としての「遺物」=「文学」を、現代に持ち込んだ戯画といってよいです。そういう意味では、彼を昔っぽい古い小説の人というのは大きな間違いです。彼は極めて先鋭的でハイカラな現代小説家です。

最後に、彼が敬愛してやまない日本近代私小説作家の5人を紹介します。

ぼくもこの5人の作家は、誰もが好きであり、素晴らしい作家たちです。興味があれば、一度手にとってみてください。

西村氏がもっとも尊敬する大正時代の私小説作家。死因は餓死です。日本文学においては、正当な評価を得ていません。西村氏が芥川賞を受賞した際に、本書は刊行されました。

破滅型私小説作家の代表である葛西善蔵の代表作を網羅した著作集です。弟子に、嘉村磯多がいます。太宰治も善蔵の影響を受けています。善蔵の私小説が重要な点をひとつあげます。善蔵は、徳田秋声の影響を受けているということです。詳しいことは、別記事で述べたいと思います。

太宰治の弟子であり、太宰の墓の前で手首を切って、自殺した作家です。後年の太宰の作風の影響が色濃いですが、さらにそれがあられもなく露呈した暴露小説といった趣です。西村氏は20代をかけて、彼の小説を研究することに費やしました。

川崎長太郎の作品は、講談社文芸文庫で何冊か刊行されていますが、最初に接するなら、この著作集がよいと思います。彼は生涯私小説作家を貫き、物置を改造した掘立小屋に晩年も住みつづけ、極貧を貫きました。彼は吉行淳之介との対談で、本当に起こったことしか書いていない、と自作について暴露しています。

北條民雄の著作集は、代表作である「いのちの初夜」が収録された文庫本が、ほかで出ていますが、もし彼の著作に触れたいのであれば、彼の全作品が網羅された、この創元ライブラリの上下2冊を求められることをおすすめします。小説はわずかのものですが、エッセイや書簡など、彼の魅力をあますところなく堪能できます。彼はハンセン病患者として、生涯を病棟の中で送りました。彼の才能を見抜いたのは、川端康成です。

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