Destroy your heart.

久しぶりの更新。

一応誰かが読んでくれるかもしれない、と思って書いている。

今は本業とネットビジネス(サイトアフィリエイト主体)を並行してやっている。小説自体から、まったく離れてしまった。

話は、変って、とある出版社から、2018年度の初めに年賀状が来た。ぼくはその編集長に出していなかったのだけれど。「出版はお見送りに」ということが書かれてあった。

そういえば、彼女(女性の編集者)に、自作の原稿を手渡したのは、1年半前にあった出来事だ。

律義に便りを寄越してくる姿勢にも要らぬ感情が湧いたし、そもそも1年半も経っているわけで、こっちだってすっかり忘れていた。

そんなことはどうでもよく、つまるところ数年かけて書いた原稿は、陽の目を見ることなく、没になったわけだ。

そもそもぼくは自ら出版業界を去った身なので、形見は狭い。

「やめる!」

そういって、やめてしまった。

そのときはやめさせてもらえなかったので、鍵を締められて、閉じ込められる形となった、打ち合わせ室は常に「牢獄」だった。

編集者を殺してやろうと思って、植木ばさみをコートに忍ばせて、出版社を潜った。出入り口には警備員がいるのだけれど、着衣チェックなどはない。とにかく殺してやろうと思った。

殺す、と言う気持ちは、具体的ではなく、指を10本を綺麗に切り落としてやろうと思った。

ぼくの小説には、指が燃えるとか、頭が飛ぶとか、そういう比喩がよく出てくるのだけれど、もちろん既成の小説からの影響も大きい。金井美恵子さんとか、藤枝静男とか、カフカとかね。あと、B級のホラー映画が好きなので、とにかくぼくは、体が切断する、という場面に異常な臨場感を覚えるタイプで、理由はよくわからない。

たぶん、心理的なトラウマと関係があるのだろう。そういう夢もよく見る。

指を落としてやろうと思った、その日に限って、打ち合わせ室ではなく、いや、もとい、牢獄ではなく、カフェだった。人通りも多い。編集者の表情がいつもとは一変していた。

それまでは机をボールペンで叩きつづけ、「はぁ?」「はぁ?」といいづけてるか、「おまえせいで、おれはこんな苦労してるんだからな!」といわれるか、だけだった。

それが、「コーヒー御代わりいりますか?」に変って、へこへこしている。

家に帰れば、きっといいお父さんなんだし、娘や息子もいるんだろうな…。なんか、虚しくなった。ポケットに手を突っこみ、植木ばさみの冷たさを感じた。指を落としてやる気持ちもなくなった。これが社会なのか、といわれれば、それまでだけれど。

とにかく虚しい。

「やめたいんですけど」

「どうして?」

「ぼくは仕事がしたいんです、仕事してくれませんよね?」

「してますよ」

「でも、ぼくにはあなたが仕事をぼくといっしょにしてくれている感じがしません」

その日は辞めさせてもらえず、翌日仕方ないので、電話で、やめる、といった。

「……」

「やめさせてもらえますよね?」

「いやね、今度の本は出版は決まったわけじゃなかったんだよ、会議に出さなきゃいけなかったし」

出版をしたかったのは編集者のほうだったのは、わかっていた。ぼくは相手の出世の駒にされたのだ。

ぼくは読者のために小説を書くが、編集者のために小説を書くつもりはない。

かくして、ぼくは名無しの作家となった。

以来、飲めない酒も飲めるようになった。

今も缶ビール片手に、半ば酔って書いている。

先日、とあるビジネス・コンサルタントにいわれた。

「君の背負った贖罪はあまりに大きすぎる、それでビジネスで成功できるはずがない」

「ぼくはもう両親と20年音信不通ですよ、ずっと1人で生きてきたんです」

「死んだ人間は何度でも蘇るんだ」

死んだ猫といっしょにお墓に入ろう。墓石をたててあげられなかった兄とも一緒に入る。

兄は優しすぎた。

代わりにぼくが死ぬべきだった。

すでに、もう遅い。

すべてがあまりに、遅いのだ。

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